【目標達成思考】荻野吟子の生涯から学ぶ 目標達成の極意

大きな目標を掲げ、夢に向かっているあなた。
夢への途中で壁にぶつかり、「私には無理なのかもしれない」と諦めかけてはいませんか?

大きな目標を設定し、それに向かって努力している姿勢は立派ですし、とても素敵なことですが、壁にぶつかって諦めてしまっては、なんの意味もありません。
夢を叶える、成し遂げるためには、時に苦難に耐えることも必要になるのです。

今回は女性差別によって夢を断たれそうになっても、諦めずに長期間壁にぶつかり続けた、日本初の女医である荻野吟子という女性をご紹介します。
差別や偏見に負けず、自分の信じる道を進み続けた強い信念を学び、荻野吟子のものがたりから、あなたのビジネスのヒントを得ていただきたいと思っています。

諦めずに継続すること

叶えたい夢ができたとき、モチベーションが上がり、必ず達成させようと毎日が輝いて見えますよね。

壁にぶつかっても、1度や2度なら踏ん張れるかもしれませんが、同じ壁を幾度も何年も超えられなかったら、あなたは耐え続けることが出来るでしょうか。
私にも就職活動時期に、何度も不採用通知を受けて挫折しかけたことがあります。

しかしそこで諦めてしまえば、自分のなりたい姿には近づくことすらできません。
これから、不屈の精神とモチベーションを維持し続ける「目標達成思考」の極意をお話します。
この方法を知れば、目標達成のための忍耐力が身につきますので、是非参考にしてみてください!

荻野吟子を知っていますか?

1851年、現在の埼玉県にある、裕福な農家の家庭に荻野吟子は誕生し、学問好きな少女へと成長しました。
しかし彼女の苦労は18歳で結婚したころから始まります。

若くして名主となり、のちに実業家としても成功する稲村寛一郎と結婚するのですが、結婚翌年に彼から淋病を移されてしまいます。
当時の淋病は治すのが難しい病気で、強い痛みを伴うものでした。
長期療養のために離婚し、吟子は入院を余儀なくされます。

その際、彼女は子どもを産めない身体になった他、男性医師に下半身を診察されるという恥ずかしい思いを経験しました。
「女性患者は、女性医師が診るべき」
そう考えた吟子は、自身が女医になることを決意したのです。

22歳で上京し、皇漢医であった井上頼圀のもとへ師事、医学を学びます。
24歳で現在の御茶ノ水大学である、東京女子師範学校へ第一期生として入学を果たし、卒業後は28歳で私立医学校へも入学、トップの成績をおさめて卒業します。
在学中は女性差別の目を避けるために男装し、勉学に励みました。
医学校を卒業後、3都県に医術試験の嘆願書を提出しましたが、「女性だから」という理由で受理されず、差別の壁にぶつかるのです。

しかしその後も諦めず、毎年嘆願書を提出し、受験の女性解放が成された1884年、遂に医術開業試験を受験し、女性で唯一の合格者となったのです。

35歳で本郷湯島に医院を開業し、近代日本で初の公許女医として活躍の場を広げました。
吟子はキリスト教徒でもあり、これをきっかけに知り合った学生、志方之善と40歳で再婚。

夫は北海道の開拓のために渡道し、長期間の別居生活を過ごしましたが、1896年に吟子も北海道へ渡り、当時医師不足であったこの土地に、診療所を開業します。
1905年に夫と死別すると1908年に帰京し、診療所を開業して晩年を過ごした後、1913年に62年の生涯を終えました。

荻野吟子の名言

「女医になる。きっと女医になってやる。きっとなる。きっとなってみかえしてやる」

吟子の残した、決意の表れである名言の一つです。
彼女が女医になると決意し、実際にその夢を叶えたのは10年以上も経ってからでした。
もちろん、彼女の努力不足があったわけではありません。

明治という時代、女性が職を持つことすら自由にできない世の中で、「女医」とはさらにハードルの高いものだったのです。
そんな中彼女は男性に混じって医学を学び、女性差別に耐えながらも、夢を諦めることはありませんでした。
医術開業試験を3年連続で拒否され、それでも「女医になってやる」という強い信念を捨てることはなかったのです。

結論

ビジネスにおいて、新しい扉を開けるとき、必ず行く手には大きな壁が出現します。
現代でも、医学部の不正入試試験のニュースは記憶に新しく、根強い女性差別は消えていません。

しかしそのような時代だからこそ、より強い精神と忍耐力を持つ人こそが、成功を手にすることができるのです。

「絶対に諦めない」

諦めずに挑み続けることが大切です。
周りになんと言われても、自分の信じる道を進むこと。
成功のために、どれだけ挫折しても、どれだけの時間がかかってもよいのです。
諦めずに継続し、挑戦し続けることが重要です。

これこそが荻野吟子が教えてくれる、目標達成の極意なのです。
今回は近代日本初の女医、荻野吟子についてお話しました。

是非壁にぶつかっても諦めない忍耐力の部分を、あなたのものがたり起業に生かして頂ければうれしいです。