初代総理大臣・伊藤博文とは?日本の近代化を支えた政治家を解説!

明治時代の政治家・伊藤博文(ひろぶみ)は日本の近代化に尽力した人物として知られています。井上毅(こわし)らと共に天皇主権の大日本帝国憲法を作り上げる、初の内閣総理大臣に任命されるなど多くの業績が残されています。

 

今回は伊藤博文の人生やエピソードからビジネスに応用できる考え方や起業のヒントを得ていただきたいと思います。日本の発展に向けて精力を注いだ伊藤博文の人生は、これからビジネスを始めたいあなたにとって大いに参考になることでしょう。

伊藤博文ってどんな人物?

伊藤博文は初代内閣総理大臣という肩書きが目立ちますが、その他にも多くの功績を残しています。ここでは、伊藤博文の人生や功績について解説します!

松下村塾に入った幼少期

伊藤博文は1841年に現在の山口県大和町に生まれました。1849年には松下村塾に入門し、多くのことを学んだと言われています。その後、イギリスに留学に行くことになりました。若干22歳という若さで、日本と欧州の圧倒的な国力差を肌で感じるのでした。

初代内閣総理大臣に任命される

江戸幕末には、討幕をめぐる戦いに身を投じ、高杉晋作や大久保利通などに師事します。明治維新後、名前を現在でも良く知られている博文に改名。1872年には初代兵庫県知事にも任命されるなど、日本国の発展に身を捧げます。知事を退任した後は、政府の中心人物として活躍することになります。

 

その後、1885年には初代内閣総理大臣に任命され内閣を主導。伊藤は第5・7・10代にも総理大臣として活躍しました。

憲法の草案作成に尽力した

また、伊藤は大日本帝国憲法の草案を作り上げたことでも有名です。伊藤は1882年にドイツへと留学しドイツ式の憲法の理論について深く学びました。その後、1887年に憲法の草案を書き上げることになります。

 

この草案は井上毅、伊東巳代治(みよじ)などと一緒に検討を重ねたもので、1888年には成案をまとめることができました。1889年にはこの成案を審議し、同年2月11日には大日本帝国憲法として世に発布されることになります。この日は建国記念日として有名ですね。

 

ソウルの統監に就任するも暗殺!

伊藤は総理大臣の座を降りた後も積極的に国政に関わるようになります。特に1905年には、韓国のソウルに置かれた統監府の統監に任命され韓国の支配を強めていきます。

 

ですが、1909年に韓国の青年・安重根に銃で撃たれ暗殺されてしまいます。享年69歳。日本の近代化に貢献した人物ですが、彼の功績に相応しくない、あっけない幕切れでした。

伊藤博文にまつわるエピソードを紹介!

伊藤博文は初代総理大臣として日本史に名を残す功績を残した偉人ですが、隠れたエピソードがいくつもあります。実は意外と女好きだったり、深堀りすると面白い話がありますよ。ここでは、伊藤博文のエピソードを3つ紹介します!

農民から総理大臣へ!

伊藤は農民の子として生まれました。当時、地方の農民にはまともな教育が施されておらず、伊藤も例外ではありませんでした。ですが、その後下級武士の養子となり、松下村塾で学問を学ぶことに。

 

農民の生まれでありながら武士の養子となり学問を修めた伊藤は、着実に出世を重ね遂には内閣総理大臣の地位に付くことになります。豊臣秀吉を彷彿とさせる出世ぶりは、「成功するには地位や環境などは関係ない」ということを感じさせてくれますね。

海外に出ることで視野を広げる

伊藤の青年期にあたる江戸幕末は、外国船が押し寄せる時代であり、国内では「天皇を敬い外国勢力を排除しよう」という尊王攘夷運動が盛んでした。伊藤も例に漏れず尊王攘夷思想をもっていました。

 

しかし、そんな伊藤に転機が訪れます。伊藤はイギリスに留学することになり、そこで外国との国力の差を痛感することになります。「こんな強国には勝てない……」と痛感した伊藤は、尊王攘夷の立場を撤回し、逆に強国のやり方を模倣して日本を強くさせようと計画しました。

 

思想に囚われるだけではなく、現実をしかと受け止め計画を練り直す伊藤の柔軟さは、現代のビジネスにも応用できそうな考え方ですね!

おねしょ癖のある女性を気遣う

伊藤は実はかなりの女好きで、多くの女性に恋したとか。ですが、あまりの女好きのために公務に支障をきたしていたらしく、明治天皇からお咎めを受けることになります。ここまで見ると伊藤がただの女たらしに見えますが実はそうではありません。

 

伊藤が恋をした芸者・玉蝶との逸話です。美人と名高い玉蝶ですが、実はおねしょ癖がありました。普通の男性なら少し引いてしまいそうな癖ですが、伊藤はそんな彼女のコンプレックスを受け入れ、毎晩おねしょの時間になると玉蝶をトイレに連れて行ったとか。

 

相手のコンプレックスを笑うことなく献身的に支える伊藤の姿には、相手を思いやる気持ちが見てとれますね!

 

日本のために働き続けた伊藤博文!

伊藤博文は日本の近代化に全てを捧げた人物です。彼の生き方からは目標に向かってひたすらに邁進し続ける大切さを感じることができるのではないでしょうか。

 

是非、伊藤博文の生き方から仕事の哲学を学んでビジネスに応用してみましょう!