明治政府の大物・大久保利通とは?人物像やエピソードについて解説!

大久保利通と言えば幕末から明治時代にかけて活躍した藩士として有名ですよね。大久保は、廃藩置県の断行や富岡製糸場の創設など日本史に残る偉業を数多く残している人物です。2018年の大河ドラマ「西郷どん」で大久保利通役の瑛太さんのダークな演技が印象に残っている方も多いのではないのでしょうか?

 

そこで、今回は大久保利通の人物像やエピソードを通してビジネスに応用できる仕事の哲学について見ていきたいと思います。数々の偉業を残した大久保の姿勢や献身性は、起業を志す人々に1つの道を示してくれることでしょう。

大久保利通ってどんな人物?

大久保利通は明治維新の中心人物であり、日本の近代化を支えたリーダー的な人物として知られています。彼の国政への向き合い方は至極真面目であり、目的のためなら私情を殺して仕事を行っていたと言われています。ここでは、大久保利通の人物像について詳しく掘り下げていきましょう。

薩摩藩に生まれる。西郷隆盛と幼馴染だった!

1830年、大久保は薩摩藩(現在の鹿児島県)で下級武士の子として生まれます。ですが、大久保は身体が弱かったため武芸ではなく勉学に励むようになります。この勉学の成果が後の大久保の活躍の土台になっていたのかもしれませんね。事実、幕末には尊王攘夷派(天皇を敬い、外国勢力を追い払う思想をもつ人々)の頭脳として優秀な働きを見せることになります。

 

また、同郷の幼馴染に西郷隆盛がいます。西郷と大久保は互いに尊敬しあう仲で、幕末には協力して倒幕を進める新政府側のメンバーとして活躍しました。征韓論で保を分かつまで良き友としてお互いを支え続けました。「西郷どん」でもそのような描写が数多く描かれていましたね。

岩倉使節団の一員として海外を視察

明治維新後、新政府の一員となった大久保は廃藩置県や版籍奉還などを断行し近代化の基盤を作り上げました。その後、1871年には外国の強さを直に見学すべく、岩倉使節団の一員として木戸孝允、岩倉具視らと共に外遊しにいくことになります。

 

外国の国力に圧倒された大久保は外国にも負けない国づくりをを決心し富国強兵(国の経済を発展させ、軍備を増強する政策)に着手します。帰国後は、朝鮮半島を武力で制圧しようとする西郷隆盛ら「征韓論」派の者たちと対立。結果的には「国内の整備が先決である」という大久保らの反論により「征韓論」派は敗北し、西郷隆盛は失脚することになります。

内務卿になり政権の中心となるが暗殺される

1873年には、内務卿となり明治政府の実権をほぼ握るようになります。日本初の学校教育の実施、徴兵制度、富岡製糸場の設立など日本の「富国強兵」に向けた政策が大久保主導で行われました。

 

1877年には、西郷隆盛と士族が明治政府へ向けて反乱を起こした西南戦争を鎮圧。この戦争によって士族の不満を抑え込んだと思われましたが、1878年に6人の士族に殺害されてしまいます。享年47歳でした。

大久保利通にまつわるエピソードを紹介!

大久保利通は後世の大河ドラマや映画などでは、冷静沈着で時には冷酷な人物として描かれることが多いです。実際、大久保には威厳があり周囲の人々から畏敬の念を抱かれていたと言われています。ですが、そんな大久保にも私たちがイメージする姿とは少し違う一面があったようです。ここでは、そんな大久保にまつわるエピソードを2つ紹介します。

国の発展のために借金をしていた

明治政府のはじめは、公益事業を行おうにも予算が少なく満足な政策を行うことが難しい状況でした。ですが、大久保は私財のみならず借金までして国の発展に寄与しました。借金の総額は何と約8,000円。現在の金額に換算すると約2億円に相当します。

 

大久保の死後、お金を貸していた人々は大久保の功績を称えて残された家族に借金を取り立てることはしませんでした。私財を投げうって国のために尽くした大久保の信念には敬服するばかりです。大久保の仕事に対する熱意と献身性は、多くのビジネスマンが手本とするべきところだと言えます。

実は大の子煩悩で良いパパだった

大久保は正妻と妾との間に8男1女の子どもがいました。普段は仕事で忙しいのですが、土曜日には必ず一家全員で食卓を囲むようにしていたそうです。冷たい人間とイメージされることも多い大久保ですが、自分の子どもを愛する良いパパの一面もあったのです。

 

暗殺される日の朝も泣き続ける子どもをあやしてから出勤していたそうです。大久保のように仕事には厳しい態度で臨みつつ、家族や友人との関係を決して疎かにせず向き合うことが起業家には求められるのではないでしょうか。

大久保利通からビジネスへの向き合い方を学ぼう!

大久保利通は日本の歴史上、最も国に尽くした政治家であるとも言われています。彼の偉業の多くが今の日本を形作っていると言われると、本当に偉大な政治家であったことが分かります。

 

これから起業を目指す人々も大久保の仕事への姿勢から学ぶものは多いのではないでしょうか。時には厳しく、時には人情を持って、気持ちのメリハリをつけて生活できる人は、ビジネスでも良い結果を残すことができますよ!V