【野口英世】お金と女にだらしない過去が明らかに!偉人の黒歴史

野口英世の名前を知らない日本人はいないでしょう。黄熱病(おうねつびょう)の研究で知られ、1000円札の顔にもなった近代日本の有名人です。

そんな野口英世ですが、実は黒歴史を抱えていたことをご存知でしょうか。

女遊びに結婚詐欺(さぎ)と、だらしない過去があったのです。

今回はそんな野口英世の人生と、彼にまつわる意外なエピソードを紹介していきます。

このチャンネルでは女性起業家のためのヒントになる歴史上の偉人や映画・アニメの主人公の失敗談や成功エピソードをたくさんアップしています。

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野口英世の人生

 

野口英世は1876年、明治9年に生まれた細菌学者です。1歳のとき、左手に大やけどを負って指がくっついてしまいましたが、そのこともあって医者を目指すようになりました。

アメリカに渡り細菌学の研究をはじめた彼はノーベル賞候補にも名前が挙がるほど実績をあげていきます。

そして黄熱病ワクチンの研究に従事(じゅうじ)しますが、その過程でみずから黄熱病に感染してしまい、命を落としました。

誕生と左手の大やけど

野口英世の誕生時の名前は「清作(せいさく)」といいました。

野口が1歳のとき、囲炉裏(いろり)に落ちたために左手に火傷を負っていまいます。左手の指はくっついてしまいました。

小学生のときに自身の左手の障害についての作文を書き、同情を集めたきっかけに募金がおこなわれます。

そのお金で渡部鼎(わたなべかなえ)という医師の手術を受けることができ、彼は医師を目指すようになりました。

上京し医師を目指す

上京した野口は、渡部鼎の知人である医師・血脇守之助(ちわきもりのすけ)と知り合います。

医師開業試験に合格するために必須の「打診」という診察が、左手の火傷のために難しかったのですが、この血脇守之助が手術をする医師を紹介してくれ、その問題は解消しました。

無事、試験にも合格したため開業医を目指すことになります。

海外で黄熱病研究

やがて研究者としてアメリカに渡った野口は、ペンシルベニア大学から学位を与えられたり、著書(ちょしょ)を出したりと大きな功績(こうせき)を挙げています。

彼の主な研究テーマは黄熱病や梅毒(ばいどく)で、その功績が認められ1914年にはノーベル賞候補にもなりました。

私生活ではこの頃、メリー・ダージスという女性と結婚しています。

また、黄熱病という病気の研究にあたるためアフリカに渡りました。

このとき、みずからも黄熱病に感染したため、51歳でその生涯を閉じています。

実はクズ? お金にも女にもだらしなかった野口英世の実像

ここまで聞くと、野口英世はかなり優秀で完璧な人物だったのではないかとお思いでしょう。

しかし、彼にはとんでもない一面があったのです。

ここからはそのクズな一面をお見せしていきましょう。

学費を女遊びに使う 起死回生のとんでもない秘策とは?

世界からも評価される実績を残し、ノーベル賞候補にまでなった野口英世ですが、「金と女にだらしなかった」というのは有名な話です。

まだ彼が清作(せいさく)と呼ばれ、東京で進学を目指していたときのこと。

彼は学費のために借金をしていたのですが、なんとそれを女遊びに使ってしまったのです。

それほどまでに彼の女遊びは激しく、周りも呆れていたようでした。

我に返ってこのままでは医師への道を絶たれてしまうことに気づいた清作は、血脇守之助(ちのわきもりのすけ)に頭を下げます。しかし血脇もただの医師に過ぎず、それほどの経済力はありませんでした。

そこで清作が起こした行動がサイコパスなもの。

なんと、血脇に「おたくの院長に賃上げ交渉をしたらいいじゃないですか」とアドバイスし、上がった賃金の中から援助を受け取ったのです。

「きみのおかげで昇給できた」と血脇は清作に礼を言いましたが、その胸中(きょうちゅう)は複雑だったでしょう。

自分に援助をさせるために賃上げ交渉をさせた清作はこのときおよそ20歳。そのバイタリティは見習いたいですね。

「野口英世」誕生秘話 「英世」に改名した超意外な理由

野口英世は元の名前を「清作」といいました。それを「英世」に改名したのは、実はとても意外な理由からだったのです。

当時の人気であった坪内逍遥(つぼうちしょうよう)の小説に「野々口精作(ののぐちせいさく)」という人物が登場します。

彼は医学生でありながら、とても素行(そこう)の悪い不良青年で、たびたび遊郭(ゆうかく)に出入りし借金を重ねているという設定でした。

この小説について知った若き日の野口英世は、自分と名前が似ており、同じく医学生でもあるこの人物のモデルが自分だと思われたらまずい、ともっともらしい心配をします。

そして、この小説のモデルだと思われないように改名を考えるのですが、改名というのはそう簡単に認められるものではありません。

そこで野口は一計(いっけい)を案じます。彼の故郷の集落には野口の実家である野口家のほかに、もうひとつ、直接の血縁のない「野口家」がありました。

そのもうひとつの野口家にこう頼み込むのです。「近くに『清作』という子どもがいます。それを養子にしてやってください」

もちろん、この「清作」という子供は、のちに野口英世となる野口清作とは別人です。

こうして野口英世の実家の近所に、もうひとりの「野口清作」が誕生したのでした。

そうして、したり顔で役所にこう申し出るのです。「同じ集落に『野口清作』が二人いては不便です。ここは私が改名しますので、ひとつ認めてはいただけませんか?」

これが「野口英世」誕生の瞬間でした。ここまで手間をかけるくらいなら、そもそも素行をつつしんでいればよかったのに、と思わなくもないのですが、とにかく頭が回る人物であることは確かなようですね。

ふたたびお金がない! 結婚詐欺で留学費用を捻出

さて、無事医師への道を歩みだした野口英世は、アメリカ留学を志します。

周囲の援助や本人の努力の甲斐もあって当時の中国である清(しん)の仕事にありつくことができました。そこでかなりの給料をもらっていたようですが…

なんと、素行がだらしない野口はまたもや酒と女に使ってしまいます。

そこでありえない悪だくみを思いつく野口。

「斉藤ます子」という医者を目指す女性と知り合った彼は、ます子に結婚を申し込みます。ます子から結婚の持参金を受け取ると、それを費用に充ててアメリカへ渡ってしまうのです。

アメリカでは蛇の毒の研究をして高い評価を得るものの、日本にいるます子からは当然ながら、結婚を急かす手紙がたびたび届きます。

心配した血脇守之助との手紙のやりとりのなかで、英世はます子のことをこう評しています。

彼女は「顔も醜(みにく)く学がない」。

結婚詐欺同然の行為をしておきながら何を言っているのか、という話ですよね。最低な男です。

野口は本気で結婚するつもりはなかったようですが、あえて向こうから破談を持ちかけてくるのを待っていたといいます。

結局のところ、またもや血脇守之助がひと肌脱いでくれました。婚約持参金の返済として300円を肩代わりしてくれたのです。

野口は血脇のことを何だと思っていたのか…人使いの荒い男といわれても仕方がありません。

周囲から支えられていた野口英世

野口英世を援助したというだけでなく、多大な迷惑をかけれらていた血脇守之助。

しかし、野口は彼をアメリカに招いた際、大統領に引き合わせたり、「あなたの恩義を忘れてはいません」といいながらつきっきりでエスコートするなど、たいへんな感謝をしていたことは確かなようです。

幼少期から周囲に支えられて高い地位を築いた野口英世。

血脇に限らず、他者からの援助あってこその自分の業績ということは、しっかりと自覚していたのだと思いたいものです。

今回の野口英世の話はお役に立ちそうでしょうか?

周囲の援助をうまく使うことも、もしかしたらビジネスに役立つヒントといえるのかもしれません。

是非あなたのビジネスにも役立ててみてくださいね。

このブログが参考になったら是非コメントしてみてくださいね。

それではありがとうございました。